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真木の事件は、真木自体が消えた事もあり、羽鳥を障害罪と死体損壊罪で逮捕することで幕を閉じた。
真木が起こした殺人事件は羽鳥の歯型と一致しなかったことと、大量の血液がどこに消えたかなどの立証ができず、事実上迷宮入りとなった。羽鳥が刈り取った被害者の首は依然見つかっていない。羽鳥自身も首は現場に放置したはずだと供述しており、事実羽鳥の部屋、及び近隣で首は発見されなかった。
第一課異犯においてのみこの事件は【鬼が起こした事件】としてファイリングされ、表向きにこの事件は未解決事件として処理された。
城島は無傷、鈴木巡査もぱっくりと皮膚は裂け頭蓋骨は陥没したものの、脳に障害はないようだ。本人曰く「ハゲにならないか心配」程度で、後遺症なども特にないという。
結果的に渓達を救ったことになった黒い髪、赤紫の瞳の青年の正体も、分からないままだ。
*
泉谷渓は、病院のベッドでその報告を聞いていた。
「羽鳥については心神喪失による減刑が認められるかもね。」
静かな個室。清水が痛々しく包帯の巻かれた渓の首と手首をみる。
「渓、無茶しすぎ。総代、心配していらっしゃったよ。あの方にしては珍しく少し怒ってたと思う。」
清水の言う総代とは、渓の祖父澪の事だ。
「俺も少し怒ってる。どうして僕に教えてくれなかったのかな?」
緑色の眼が、渓の目を覗きこむ。
「…意地っぱりだね渓は。どーせ一人で解決しようと思ったんだろう。」
渓は、人に頼ることが苦手だ。
「良いかい渓、誰にも頼らないで自分で解決しようとする姿勢は立派だ。でもそれは次に総代になる人間のすることじゃない。当主たるもの強くあろうとしたんだろうけど、君がやったことはただの無謀。術師の総大将が倒れたら、誰が鬼との戦の指揮をとるの?」
渓の手がシーツを握り締める。その様子を静かに潤が見る。
「…ま、気付かなかった俺も悪いけど。」
渓本人も痛いほどわかっている。その事を清水は知っている。
「渓は、出会った時から変わらないな。」
初等部の入学式、強がって気分が悪くなって倒れた渓を思い出しくすりと笑う。
「もっと頼りにしてよ。血筋なんか関係なく、俺は俺の意思で君を守りたいのだから。」
数代前に分かたれた家系、血統の離れた傍系の従兄の顔は、不思議と自分よりも祖父に似ている。
「潤は、僕より強い。潤と僕が逆だったらよかったのに。」
今回真木と戦ったのが潤であれば勝てたはずだ。浄化よりも破壊に適した潤の術は、物理的な破壊力も持っているし、あの程度の邪気で潤の術は揺らがない。
「馬鹿言っちゃいけないよ、渓。俺は、強いんじゃない。少しの穢れじゃ俺が汚れないのは、俺の方がよっぽど穢れてるからだ。君はまだ、これから強くなるんだよ。俺みたいな穢れに同調するものじゃない、浄化する、そういう存在なんだから。」
少しくすんだ青色の髪を揺らして清水が笑う。
「傷が治ったらまた特訓だ。今回の件で、攻撃系の術も必要だって事がわかったし、物理的にも有効な水系の術を教えるよ。」
渓の顔にぱっと笑顔がともる。誰にでもこの笑顔を向けれるようになればいいのに。
「ああ、そうだ。渓、これ誰かから君に。」
清水が傍らの袋から、戸木屋名物のヨーカンを取りだした。
「…誰かから?」
「うん。名乗らなかったからね。黒髪の、渓と同じくらいの年齢の子。」
空のお弁当箱に、思い当たる節があった。
『学校の屋上で会ったあいつ…』
二宮。
渓の様子に勘づき、清水が微笑む。
「渓、また潔癖症を発揮したのかい?」
渓の頬に赤みが射す。
「弁当箱を持ってきた彼の様子で大体判断ついたよ。彼には俺から謝っておいたから。退院したら、お礼を言いに行くと良い。」
「潤、ありがとう。」
俺にじゃないよ、といった潤に、渓がわかっていると応える。無愛想で誤解されがちな従弟に、潤がやさしく語りかける。
「渓、君にはきっと沢山の仲間ができるよ。」
*
警視庁刑事部捜査一課特異犯捜査班
霧咲智恵美が、荒々しく歩きまわるせいで、普段から書類の山が大変なことになっている異犯は余計大変なことになっていた。
霧咲が荒れるのも当然のことだろう。事件の最後にに渓が見たと言う黒髪に赤紫の瞳の青年。それは恐らく長年彼女が追ってきた連続殺人鬼だった。
「智恵美、荒れる気持ちは分かるが大概にせい、首探しのほうが先決や。」
「そんなことわかってます!」
分かってるからこそ余計気がはやるのだろう。彼女が5年間追い続けた犯人がこの町にいることが分かったのだから。本当ならこのまま出かけて行って、遠くに逃げないうちに逮捕したいに違いない。
何と言っても彼は、彼女の最大の敵にして、血を分けた弟なのだから。
*
TRRRRRRR…PI!
「よ、やっぱり電話をよこしたな?そんな剣幕で怒るなよ。殺し甲斐なかったって?俺の予想よりお前が強かったかな、それとも…ま、どっちにしろお前は電話をよこすと思ったよ。…怒るなって。
…なあお前やっぱり退屈なんだろ。俺もさ。これからも面白いモノ見つけたらお前に連絡やるよ。いらない?遠慮するなって。最終的にはお前が限界まで強くなっても勝てるかわからないような奴と戦わせてやるからさ、もちろんタイマンで、さ。それまで俺の遊びに付き合えよ。…チェ、切りやがった。」
雑居ビルの一室、首つり死体を横目に見ながら、それの生前の持ち物だった革張りのソファーに座りウォルナットのテーブルに足を投げ出す。
「なぁ、お前も運命からは逃げられなかった。あいつも、また電話してくるさ。」
金髪金目の青年ロキは満足げに笑う。
「思ったより役に立たなかったかな、あの玩具。ま、霧咲恭士があれを補える以上の力を持っていたらいいだけの話だ。…さて、玩具が壊した人間の首を拾ってった鬼の糞餓鬼、あいつはどういう風に動く駒になるかな?」
*
「で、藤城さん、今回調べてた事件は結局何の収穫もなかったんですね?」
藤城のデスクの前で、赤いメガネをぎらつかせながらみゃーこが詰め寄る。
「収入もなし!情報もなし!時間も浪費する!!結果またスカンピンじゃないですかあああ!どうするんですか来月の光熱費と水道代!食費は藤城さんのを削るにしろ、私のお給料まで出ないと私まで強制ダイエットになるんですよ!!」
「まあみゃーこ、戸木屋名物ぴよこでも食べて心を落ち着かせろよ。」
「落ち着くと思ってるんですか!!ふざけないでください!!第一ぴよこなんてまた無駄遣いして!!来月こそはちゃんと収入を得なかったら鬼じゃなくて藤城さんを退治してやるううううう!」
口論する2人の頭上から、金髪の美少女が現れる。
「もー、また喧嘩?」
「ユキちゃん!聞いてください!また事件解決が警察のものになったうえに、こちらには鬼の情報一つも入らなかったんですよおおおお!私のUSBが鬼の情報が欲しいと泣いています、泣いてるんですううううううぅ!」
みゃ―この絶叫は、すがすがしい5月の空に吸い込まれていった。
*
正義とは相対的なものであり
いつも万華鏡のように回り様々な側面を見せる。
何を正義とするかは
結局は舞台を最後まで見た観客にゆだねられるものである。
相対正義論 完
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